老舗企業という言葉をご存知でしょうか。
多くの方は耳慣れた言葉で、長く存続しているいくつかの企業を思い浮かべるのではないでしょうか。
そんな老舗企業ですが、実はそもそも老舗企業という言葉に明確な基準はありません。
帝国データバンクでも明確な定義はないものの、「創業200年」を経過していることを1つの定義として発表しています。
一般的には創業200年以上が経過していること、もしくは3代以上にわたり経営している企業を老舗企業と呼ぶわかりやすい指標のようです。
意外と感じられる方も多いかとは思いますが、創業200年を越える老舗企業を最も多く抱える国は、欧州や中国などではなく、実は日本なのです。帝国データバンクの「老舗企業の実態調査」によると、その数は3,000社以上といわれており、創業100年以上に限れば老舗企業は全国で約3万3,000社あり、世界の老舗企業の約80%は日本にあり、これほど老舗企業が多い国は他に例を見ず、日本は老舗大国と呼べるかもしれません。
また、業種大分類別に見ると、老舗企業の社数が最も多いのは製造業で、約8,000社であり、次いで小売業が約7,700社、卸売業が約7,300社と続いています。
業種別に見ると、貸事務所が約900社、清酒製造が約800社、旅館・ホテルが約600社となっています。
このうち、上場企業は約500社あり、2019年に創業100年を迎え、老舗企業の仲間入りを果たした企業は1,500社以上もあり、なんと企業全体の約1.6%が100年以上の歴史を持っているのです。
日本企業が、世界の創業200年以上の企業数の半数以上占めているわけですが、なぜ、日本は超老舗大国となったのでしょうか。
その秘密は、日本独特の家督相続という習慣に隠されているようです。現在ではそうではなくなりましたが、旧民法では財産は長男に承継する家督相続が一般的でした。つまり、長男が家業のすべてを継承し、先祖から受け継がれてきた家や墓だけでなく、事業も引継ぎました。
これは子のうち親との年齢差が最も少ない長子が相続することが父系的な継承線の維持にとって最も合理的と考えられていたためです。
この家督相続という習慣は、第二次世界大戦後、日本国憲法が施行された1947年に、民法が大規模に改正されて廃止されるまで続きました。
それからは一家の財産は、兄弟で均等に相続することができるようになりましたが、この家督制度が数多くの老舗企業を育ててきた背景にあることは、どうやら間違いなさそうです。また、多くの企業が、創業一族が長く経営に携わっている場合も多く、経営上の問題が起きた場合でも、連綿と受け継がれる求心力の強さ等で乗り越えているのではないでしょうか。
それはどんな会社で、いつ頃につくられた会社だと思いますか。その会社は、大阪にある飛鳥時代(578年)に創業した金剛組です。なんと、今年で創業から1,441年となる押しも押されもせぬ老舗で、世界でも最も歴史のある会社が実は日本の企業なのです。飛鳥時代578年創業のこちらの企業は、神社仏閣建築の設計・施工、城郭や文化財建造物の復元や修理等を主に手がけており、現在は100人以上の宮大工を抱えている会社です。実績を見ても、私たちが観光で訪れるような神社仏閣の新築改築にはかなりの数を手掛けていることがわかります。
その長い歴史の中で、伝統の技を後世に伝えるという使命感を持ち、伝統を重んじつつも、あたらしい技術を追求し続けるリーディングカンパニーでありたいという理念のもと経営をしてきたようです。昔からの企業理念は重んじつつも、新しい技術の追求も怠らない考え方こそが、老舗企業たるゆえんなのかもしれません。
それでは今でも存続している老舗企業は、なぜこれまで存続することができたのか。
そこからは、数多くの知恵を学ぶことができるはずで、私たちが目の前の事業判断に悩むときに、これらの知恵が示唆を与えてくれるかもしれません。
東京商工会議所が以前実施した、東京の老舗企業に対するインタビューやアンケートをもとに作成されたレポートを読み解くと、幾多の時代の大きな変化にも関わらず長期間存続し続けられた老舗企業の強さの源泉が見えてきます。
以下では、これらの老舗企業が語った、企業が継続するために変えてよいこと、そして変えてはいけないこと、をそれぞれ分類してご紹介していきたいと思います。
どの老舗企業にも、その経営の根幹にはビジネスに対する一貫した考え方が存在し、その精神を家訓等のかたちで代々受け継いできたようです。
その変わることのない企業の姿勢が今日まで取引先との関係づくりや顧客との結びつきを獲得しし続けてくることができた源泉となっています。
たとえば、中世から近代にかけて活動した近江国出身の商人は、大坂商人、伊勢商人と並ぶ日本三大商人の一つで、伊藤忠商事や丸紅、大丸や西武グループなどが近江商人の流れを汲むとされる企業です。
その近江商人の思想・行動哲学となった言葉として非常に有名なのが、「三方よし。売り手よし、買い手よし、世間よし」という言葉です。
これは、売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献しなければならない。という精神であり、世界で広がる「SDGs(持続可能な開発目標)」にも沿うものだとして、これら企業に今でも大切に受け継がれている社訓となっています。
また、上述した世界最古の老舗企業である金剛組では、代々伝わる社是の一部として、「お寺お宮の仕事を一生懸命やれ」、「大酒はつつしめ」、「身分にすぎたことをするな」、「人のためになることをせよ」などの言葉を大切にし、苦難にあって初心にかえることの大切さを教えて金剛組の進むべき方向を示したと言われています。
但し一方で、ダーウィンがその著の中で、『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。』と書き残した様に、一貫した価値観を踏まえつつ、時代の風とともに流される環境の変化に対し、目を凝らして変化の方向性を読み取り、積極的こその環境変化に対応することも存続するためには必要となってきます。
たとえば、500年近くの歴史を持ち、和菓子の老舗として有名な東京にある虎屋の経営理念は「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく」とし、代々変わらず引き継いできた精神です。
しかし、実は創業は京都であることをご存じの方は少ないかもしれません。創業以降は京都で皇室御用達の菓子司としての立場を確立していましたが、明治維新で天皇陛下が東京に移られた際に、後を追うように上京を決意し、「虎屋東京店」を開店しました。新しい時代に即した商売のやり方に再構築したからこそ、今日の発展があるといわれています。
今年5月、創業100年を超える老舗アパレル企業であるレナウンが突如、経営破綻。
ネット通販の拡大や、消費者の嗜好の変化などからかねてから経営不振が噂されており、ここにきてコロナによる店舗の閉鎖という打撃が加わり、一気に販売が落ち込んだ事が要因といわれています。
その一方で、こちらも老舗企業である資生堂、任天堂などは、ネット通販・配信などを駆使して市場環境に合わせて最適な販売ルートを構築するなど変化に対応して、世界的に有名なブランドに成長しました。
世の中の移り変わりは早く、そして先の読みづらい時代において、その幾多の荒波を乗り越えてきた老舗企業の経営からは、多くのことが学べるのは確かであり、事業経営だけではなく、人の生き方などを学ぶ上でも今一度老舗企業がなぜここまで存続してくることができたのかを考えることはとても大切なことなのではないでしょうか。