焼肉チェーンの「牛角」や居酒屋「甘太郎」などを運営している大手外食チェーンのコロワイドによる大戸屋に対してのTOBが2020年の9月9日に成立しました。
この結果を受けて、コロワイドが有する大戸屋の持ち株比率は46.77%にまで高まり、実質的に大戸屋の子会社化がほぼ確定。
大戸屋側は、コロワイドの子会社になってしまうと「店内の調理や守ってきた美味しさが維持できなくなってしまう」と株主に訴えてきましたが、失敗と終わってしまいました。
なぜコロワイドによる大戸屋に対するTOBは成功したのでしょうか。
そして大手外食チェーンのコロワイドが大戸屋を子会社することによって、今後どういった変化が起きるのかについて詳しく解説していきます。
コロワイドの大戸屋TOBにより、今後大戸屋かどうなるのかということを考える前に、まずはなぜ大戸屋が買収されてしまったのかについての経緯を見ていく必要があります。
大戸屋は、古き良き日本の定食をどこでも手軽に味わえることが大きな特徴として、日本の国民に愛されていました。
大戸屋チェーンを築き上げたのは、2015年に57歳という若さで亡くなった前社長の三森久実です。
久実氏が亡くなってから新たに社長に就任した窪田氏は、創業一族である前社長の長男智仁氏を香港へと左遷しました。
当然創業一族である智仁氏と前社長の奥様はこれに反対しましたが、押し切られてしまい智仁氏は会社を去ることになります。
これがコロワイドによる大戸屋TOB劇の始まりでした。
創業一族であった智仁氏とその奥様は大戸屋の株式を約20%を所有していたのですが、2019年10月にこの所有していた株式を全てコロワイドに売却したのです。
コロワイドは大手焼肉チェーン店「牛角」や居酒屋「甘太郎」などを運営していましたが、元々は様々な飲食関連企業を買収することによって大きくなっていた企業になります。
そのため創業一族から大戸屋の株式を約20%も取得したコロワイドは、徐々に大戸屋を買収する動きを見せ始めました。
大戸屋は、2019年2月以降から店舗のメニューを値上げしたことによって、毎月の売り上げが前年度を下回る状況が続いていました。
そのため創業一族から株式を取得していたコロワイドは、業績の改善を図ろうと、買収によるコロワイドグループへの傘下入りを提案していましたが、大戸屋側は一貫してこれを拒否。
そんな中で2020年4月に、コロワイドは大戸屋に対して、経営陣を刷新して業績の改善を図るための株主提案を行うことを発表。
発表した内容の中には、12人の取締役候補者のうち7人をコロワイドの役員にすることを求め、その中には大戸屋の株式をコロワイドに売却した創業者の息子三森智仁氏の名前もあったのです。
株主提案が認められればコロワイドが大戸屋を子会社化することによって、食材を共同調達などすることによるコスト削減が行われ、業績改善を見込むことができるとなっていました。
結果的に6月25日に開かれた大戸屋の株主総会では、大戸屋側の「コロワイドの提案によるコスト削減は本来の大戸屋の味や鮮度などの品質低下を招くことにより、客離れが起きてしまう」という主張を個人株主が受け入れたことにより、提案は否決。
コロワイドによる株主提案は、個人株主などの反対によって退けられた形になります。
しかし株主提案が否決された2週間後の7月9日に、コロワイドは大戸屋に対するTOB(株主公開買付)を行うことを発表しました。
創業一族から買い取った約20%の株式に加えて、公開買付によって51%まで株式比率を引き上げることにより、大戸屋を子会社化する決断を下したのです。
大戸屋側は、株主総会によるコロワイドの株主提案が退けられているので、株主の総意は大戸屋に対して好意的だと判断していましたが、結果的にはこの判断がTOBを成功に導いてしまいました。
なぜなら株主提案とTOBというのは、その内容が大きく変わってきます。
株主提案の場合、取締役の交代や業績改善を目指すということが主な目的であり、株主にすぐ利益があるというものではありません。
株主提案が認められたことにより、業績改善がなされて将来的な株価の上昇といった利益に止まります。
しかしTOBの場合は、株価よりもプレミアム(実際の株価にお金を上乗せすること)を付けることがほとんどです。
実際にコロワイドが大戸屋に対して行なったTOBでも、TOB発表直前の株価に対して46%のプレミアムを付けて株式の買取を行われました。
大戸屋に対しては好意的であったとしても、株主の多くは利益を得るために株式を保有しているものです。
創業一族から事前に手に入れていた約20%の株式と、TOBが成立する下限の45%までの株式を手に入れることができれば、コロワイドとしては実質的な子会社化を達成することができます。
大戸屋は株主はコロワイドよりも大戸屋に対して好意的だと高を括って、明確な対策を怠り結果的にTOBを許してしまったのです。
コロワイドによる大戸屋の子会社化によって、大戸屋には今後大きな変化が訪れることが予想できます。
そこで現状考えられる大戸屋に起きる変化について、以下で詳しく見ていきましょう。
大戸屋といえば定食チェーン店の中でも、手作りであることが大きな特徴です。
創業当時から「野菜はお店で洗い下ごしらえをする。お店で丁寧に煮込みや漬け込みをし、調理を行うひと手間加えた優しい味」というのをコンセプトにしています。
もっともほとんどの定食チェーン店、例えば大戸屋の直接的なライバルである「やよい軒」などでは、こういった店内調理を省き下ごしらえを終えた状態の材料などをあらかじめ用意する「セントラルキッチン」を導入。
事前に下ごしらえなどをセントラルキッチンで全て終えることによって、人手不足や現場の社員への偏重からの脱却、原材料費の高騰などを解決することができるのです。
当初コロワイドが大戸屋に対して株主提案で行なっていたのも、セントラルキッチンを導入することによって原材料費をコロワイドのグループ会社と共有することによって、できるだけコストカットをするといったものでした。
このように創業当時の店内調理というコンセプトを捨て、セントラルキッチンを導入することにより、全国大戸屋店舗の生産性向上とコスト削減を図ることにより、コロワイドは業績改善を図ろうとしています。
もっとも店内調理をウリにしていた大戸屋が「脱手作り」に踏み切ることによって、従来の固定客が離れることによる売上の低下も十分考えられるでしょう。
コロワイドの野尻公平社長は、大戸屋の業績悪化は夜の業績が伸びないことが理由であると述べていました。
確かに大戸屋は定食屋というイメージがあるので、夜よりも昼の方が消費者が集まることは 簡単に予想することができます。
そのため今後は、定食の他にも単品メニューなどを増やすことによって夜に利用してもらうことを目標としてメニューが変化していくことが予測できるのではないでしょうか。
またコロワイドは居酒屋としても甘太郎などを経営していることで有名です。
今後大戸屋も甘太郎などのような、居酒屋色をより一層強めていく可能性もあります。
コロワイドは大戸屋と同様、外食産業を主にしている企業です。
そのため大戸屋とは異なった出店候補地や運営ノウハウなどの情報を有しています。
コロワイド側としては、以前から有している自社の情報と大戸屋の情報を共有することによって、出店候補地をさらに絞り効率的な運営を行うことでしょう。
様々な種類のお店を有しているコロワイドの運営ノウハウによって、大戸屋も効率的な運営が可能になることを予測できます。
セントラルキッチンを導入することによって、大戸屋の大幅な生産性向上とコスト削減が行われる可能性があることは上記でも詳しく解説しました。
そのため従来からあったメニューでも加工済みの食材と簡易化されたオペレーションによるコスト削減により、安い値段で提供することが可能になります。
これによって今までは獲得できなかった新規顧客層の獲得や、居酒屋化することによって夜の顧客も集めることができることは間違いありません。
確かに安価なメニューを提供しているチェーン店は増えており、そういった競合他社の経営は順調といえます。
しかし大戸屋が今まで主に相手をしていた顧客は、大戸屋のコンセプトである「良い食材を店内で手作りして出す」という点に共感して訪れていた中流層です。
加工済みの食材でコストを削減したことにより、安価で様々なメニューを提供することができるようになる一方で、こういった従来の固定顧客である中流層が離れてしまっていく可能性は十分あります。
ここまで紹介してきたようにコロワイドによる大戸屋の経営改革は、セントラルキッチンを導入することによってコストを削減し、オペレーションを簡易化することにあります。
しかし大戸屋は創業から「手作り」をウリにしていた外食チェーンです。
手作りで良いものをお客様に提供する、というコンセプトに共感し働いている従業員も多いことは想像に難くありません。
コロワイドが導入するコスト削減のための下ごしらえ済みの食材などは、大戸屋の従業員からは強い反発を受ける可能性があります。
こういった反発に対してコロワイドと大戸屋がどのように折り合いをつけていくのか、という点に関しても今後注目です。
コロワイド側は、大戸屋の経営再建は半年で行うことができると見通しを立てています。
そもそも大戸屋の経営課題は、 コストの債権削減ができていなかったことやオペレーションがうまくいかずに物流なども効率化できていなかった点です。
コロワイドがセントラルキッチンを導入することによって、下ごしらえなど効率化できるものはコスト削減を行い、より一層の物流の効率化を図ることによって経営再建は可能だとしています。
確かに大戸屋というブランドはほとんど衰えておらず、経営上の課題もわかりやすいぐらい明確化しているので、コロワイドによる大戸屋再建の道はそこまで難しいものではないのかもしれません。
これまでも外食企業をM&Aしながら成長してきた企業なので、買収後のノウハウというのも確立しています。
予想される従業員の反発も、企業としての今後の方向性をしっかりと明確化することで、経営陣と協調することで乗り切れるのではないでしょうか。
またコロワイドは病院や介護施設へ向けた給食事業も拡大させています。
大戸屋という定食を武器にしていた企業を手に入れたことにより、大戸屋レベルの給食を提供することが可能になったことも大きいです。
こういった施設に対して新しく食事を提供することができるようになれば、より大きな発展をすることが可能になります。
コロワイドの大戸屋TOBに関する経緯や今後起きるであろう変化について詳しく解説してきました。
もっとも今回起きた大戸屋とコロワイドに関する問題は、実はいつでも起こりうることです。
なぜなら日本に重畳している企業といえども、創業者一族が多くの株式を保有しているという企業は少なくありません。
そういった創業者一族がお家騒動や相続税の対策のために株式を売却することによって、今回の大戸屋のように第三者の企業へと渡るということは十分起こりうる事態だからです。
コロワイドと大戸屋に起きた事例は、今後日本の企業の創業者が高齢化するにつれて頻繁に起こる可能性があるでしょう。