老舗企業の労務トラブル事例とその対策

roumu

労務トラブル。
経営者としては最も起こってほしくないトラブルの一つではないでしょうか。

記憶に新しいところでは、2015年12月25日に発生した、電通での新人社員の自殺事件がありました。1ヶ月の残業時間が約130時間に達して、過労自殺を選んでしまった最悪のケースです。

ここまでいかずとも、SNSの発展により今までブラックボックスだった各企業の働き方が顕在化するようになり、人々の意識も高まっています。

(厚生労働省:「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」)


厚労省が発表する労働相談の件数を見てみると、増えていると言うよりは横ばいの数字になっています。この数字をどう見るべきでしょうか。厚生労働省はこれを「高止まり」と表現しています。

同期間での労働人口の増加分は2.7%(総務省統計局:労働力調査より)ですが、この10年間でのワークライフバランスや働き方改革といった世の中の意識の変化や、良好な労働環境を謳う企業の増加などを考えれば、「減るはずなのに減っていない」と読み解く事もできます。

違法性のある労働環境を放置していると、思わぬ労務トラブルが発生するリスクは常にあると言えます。

本稿では筆者が実際に働いていた老舗企業で起こった労務トラブルとその原因、改善後の実情などを踏まえ、老舗企業にとっての労務トラブルと、その対策について考察をしていきます。

 

老舗企業の労務トラブル事例~残業編~

 

日本の会社員にとって一番身近な労務問題の一つとして、「残業」があげられます。諸外国では考えられない例として良く取り沙汰されますが、先に紹介した電通事件も過労死ラインと言われる80時間を大幅に超過していたことも大きく問題視されました。

残業の問題は大きくわけて2種類。

・残業時間が法定の制限を上回っていないか。
・残業に対して正当な割増賃金が支払われているか。

2019年4月(中小企業は2020年4月から)より施行された改正労基法により、残業時間の上限がより厳しく制限されるようになりました。様々な条件での規制がありますので、ここでの詳述は避けますが、月45時間、年360時間を超える残業がされている場合には注意が必要です。

そして、次の事例は「残業に対して割増賃金が支払われているか。」という問題。一言で言えば「サービス残業」問題です。

A社の事例

筆者が勤めていたA社では、社員証をIDとする電子タイムカードが採用されていました。それ自体は昨今珍しいことでもありませんが、この電子タイムカードを導入したきっかけがまさに「労務トラブル」だったのです。

日本人の国民性からか、サービス残業が常態化していても、誰もなにも言わないというのはよく聞く話です。しかし、A社では退職した元社員が労働基準監督署へ通報し、それをきっかけに指導が入りました。

これを機に、サービス残業をなくすため、また勤怠管理をキチンとするために電子タイムカードのシステムが導入されたわけです。

対策の結果どうなったのか。

さて、問題は是正するために対策を行って結果どうなったかという点ですが、結果的にサービス残業や休日出勤は減りはしたものの、無くなりませんでした。

電子タイムカードシステムには打刻はされるものの、「残業していません」ボタンが搭載されており、有形無形の圧力によって「残業していません」ボタンを押したり、定時直後にタイムカードを押しに走るという状況になっただけでした。

仮に今でもまだ改善されていないとすれば、A社は今でもいつでも労務トラブルが起こるリスクを抱えていると言えます。

創業者や創業メンバーは残業時間や残業代を全く気にせずひたすら仕事を頑張って会社を成功させた功労者です。

これは最近のベンチャー企業でも同じですが、会社が大きく、安定するようになってから入ってくる社員とのギャップがどうしても残り、徹底することができないのが実情であると考えられます。

 

老舗企業の労務トラブル事例~パワハラ編~

 

下の図は民事上の労働相談の内訳を示したものです。
残業代を含む賃金の未払い等は労働基準監督署などに取り次がれ、法に基づいた行政指導が行われますが、それ以外の民事的な内容は労働局長による助言・指導などで対処されます。

その中で圧倒的な件数を記録しているのが「いじめ・嫌がらせ」です。「パワハラ」と言われるケースも多数入っていると考えられます。

人気テレビドラマ「半沢直樹」でも描かれた苛烈なパワハラは非常に印象的で、働く人にとっては最も恐ろしい事態の一つです。

筆者はA社及び関係会社で多数のパワハラ現場を目撃しました。パワハラの被害者は何人も見ましたが、概ね下記の流れをたどります。

  1. 元気がなくなる、ビクビクするようになる。
  2. 心身に以上をきたす。
  3. 休職する。
  4. 復職する。
  5. 戻ってもうまく馴染めず退職。

もちろん復職したまま頑張っている社員もいますが、半数以上は数年以内に退職というケースでした。

せっかく採用した社員に辞められてしまうのも大ダメージですし、今後民事で裁判に発展する可能性もありますので、経営者としては当然未然に防ぎたいポイントでしょう。

筆者が見たパワハラ加害者には、仕事ができて、上には良い顔をするという特徴が見られました。

何人も部下を退職や休職に追い込んでいるのにも関わらず、上やまわりが本人に指導をできないという状況も、パワハラに歯止めがかからない原因の一つです。

幸い筆者が被害者になることはありませんでしたが、A社では同じ管理職のもとで何人もの若手社員が休職していく、という状態でした。

 

労務トラブルへの対策

 

ここまで会社側や管理職側の問題点を書いてきましたが、現実問題としてまだまだ改善しきれていないA社のような会社は多いはずです。

サービス残業がないとそもそも利益が出せない、どうしてもパワハラ上司をコントロールできない。法律がどう変わろうとも改善自体が難しいと感じている経営者も多いかと思います。

残業代問題

残業や休日手当の問題についてはまず現状把握が重要になります。今現在、社員がどれだけ残業・休日出勤をしているのか。また、社内のルールはどうなっているのか。

まず現状を知ることが大事で、日本には「付き合い残業」や「残業代目当ての残業」もかなり存在しています。これについては各管理職が部下の仕事量やスピードを把握し、不必要な残業をさせないように徹底することで、ある程度の改善が見込めます。管理職の評価基準に部下の残業時間の少なさを組み込むのも良いかもしれません。

残業代目当ての残業については副業を解禁すると言った方法も考えられます。

また現状のルールを明文化してみることで、違法性や問題のある部分も可視化されるでしょう。残業の実態、現状のルールを把握することがより良い姿への第一歩になります。

一方で、どうしても時間が足りずに残業をしないと回らないという場合もあるでしょう。この場合、まずできるのは「業務の効率化」になります。

特にA社のような老舗企業では、昔ながらの仕事の仕方が残っている場合が多く、大きく改善できるポイントが多数ありました。

手書き、手作業、FAX、ハンコ、電話連絡などを今でも使用している企業や、その頻度が高い企業は一度ワークフローをすべて見直すのも良いかもしれません。

昨今のITツールを上手に使えば、ホワイトカラー部門の仕事にかかる時間は相当量圧縮できます。

エクセルの関数やマクロを導入するだけでも大幅に改善できることがありますし、Slack, Chatworkといったタスク管理ツールも非常に優秀です。人間は基本的に変化を恐れる生き物なので、経営者の目が届かない所で非常に非効率な仕事をしている場合もあるものです。

それでもどうしても人が足りない現場部門などについては、やはり人員増で対応せざるを得ないところも出てきますが、そこへの財源として、「機械にできることは機械にやらせ」浮いたリソースを「人間にしかできないこと」に再配置することが重要になります。

パワハラ問題

この問題はとてもデリケートな問題です。個人の資質によるところもありますので、単純な解決策はないとは思うのですが、一つ確実に言えるのは、同一人物の下についた社員でうつ病や休職が複数回起こるのであればパワハラが存在する可能性が高いということです。

同じ環境でもパワハラだと感じない人もいますので、1度で決めつけるのは難しい部分もありますが、2人、3人と続くのであればかなり疑わしいでしょう。

先述の通りパワハラ加害者は仕事ができることが多いので注意しづらいかもしれませんが、その1人が他人の倍の業績をあげていたとしても3人も休職や退職に追い込んでしまえば意味がありません。

人権問題や採用コストや育成コスト。一人に辞められてしまうことが如何に大きな問題かを管理職に伝える必要があります。

A社で1つだけうまく行ったケースとして、「部下を外して個人で動くようにさせる」があります。

仕事はできるのですから能力はあるはずで、単に人を育成するのが苦手なだけというケースもあるので、そういった環境にしてあげることが本人の活躍にも繋がり、全員にとって幸せな形をつくることができるかもしれません。

 

まとめ

 

新型コロナ禍もあり、厳しい経営環境が続きますが、その中でも人々の人権意識や、ワークライフバランスなどの考え方が逆戻りすることはなく、進化していくことは確実です。

老舗企業では社員を家族と捉える企業も多いと思います。貴社の大切な社員を守りつつ、労務トラブルを予防、対応するヒントに本稿が少しでもなれば幸いです。

 

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